Thursday, April 26, 2012

インタビューの記事


最近クラスで仕事と家族について、早稲田大学の大学生の意見についての記事を読んだのですが、そこでアメリカと日本の違う点をたくさん見つけました。例えば、早稲田大学の女性は自分より収入が高い夫が欲しくて、自分は女らしい仕事したいですが、一般的にアメリカの女性はそういう考えに反対するのではないかと思います。だから、このトピックについてMさんとYさんの意見を聞いて、日本の女性とアメリカの女性の考え方を比べました。
日本に住んでいた時に、Mさんは会社と空港で仕事をしましたが、今はハミルトン大学で日本語を教えていらっしゃいます。大人になって独立するまでご両親はとても理解があったそうですから、たいてい自分の将来のことを自分で決めました。大学に行って、よく勉強して、好きな仕事を見つけましたので、両親はどんな仕事をしてもと誰とも結婚しても気にしませんでした。Mさんによると、日本では女性にとっていい仕事を見つけるのが難しいから、アメリカより主婦になる女性が多いそうです。でも、Mさんのような非常に野心的な女性もいて、仕事を続けたいので、そういう人は主婦にならないかもしれません。
収入について、Mさんと早稲田大学の女性の意見は完全に違います。先生の現在のパートナーは弁護士の仕事をしていますが、Mさんはパートナーの収入のことを全然知りません。もし自分よりパートナーの収入の方が高くても、別に構いません。Mさんによると、日本でもアメリカでも男性は家族のためにお金持ちになりたいそうですが、Mさんの意見はもし夫も妻も一緒に幸せで、好きな仕事をしたら、収入の多さを心配しない方がいいとのことです。
Mさんとご両親とパートナーはいい関係を築いているそうですから、他の大事な点について、Mさんは妥協をすることが出来るかもしれません。例えば、もう妹に子供がいますから、もしMさんが子供が欲しくなかったら、ご両親は気にしません。皆が幸せだったら、人生のことを決める時に何も問題はないそうです。
Yさんはまだ大学生なので、ご主人や仕事がありませんが、未来についてYさんとユーさんのご両親は色々な期待を持っています。まず、ご両親はYさんが女らしい仕事をするべきだと思っています。例えば、もしYさんが機関士の仕事をしたいと言ったら、ご両親は多分ちょっと反対しるでしょう。でも、もしYさんがいい、好きな仕事をして、高収入だったら、どんな仕事をしても嬉しくなるかもしれません。
収入について、MさんとYさんの意見はだいたい同じです。もしYさんのご主人の収入が高かったらYさんは嬉しいかもしれませんが、自分よりご主人の収入の方が高くても別に構いません。もし二人合わせて収入充分ながあって、幸せな性格が出来たら、Yさんとご主人の収入の差は問題じゃありません。
子供のことについて、Yさんは強い意見があります。Yさんの意見は、もし彼が子供が欲しくなかったら、多分結婚したくなくなります。Yさんにとって子供はとても大事なことですから、この点についてYさんとご主人は同意しなければならいのです。幸いにも、Yさんのご両親は孫が欲しいですから、この点について賛成しています。そして、子供がいる時に仕事をするのはとても難しいですが、もしYさんがいい仕事を見つけて、いい収入があったら、多分子供がいる時にまだ仕事をすると思います。最近いい仕事を見つけることは本当に難しいので、もし一生懸命仕事を探したら、その仕事を辞めたくないのです。
MさんとYさんの意見は所々違いましたが、とても大事な類似点を見つけました。日本でもアメリカでも両親と配偶者は女性に対して色々な期待があるかもしれませんが、もし子供や配偶者が本当に幸せだと感じていたら、問題では現実にはありません。一般的に皆は愛している人を幸せにしたいので、大切な人生の要素を相談する時に、もしいい関係があったら、多分折り合うことが出来ると思います。早稲田大学の女性のことがよく分かりませんが、もし本当に男らしい仕事をして、子供が欲しくなくて、ご主人よりお金持ちになりたかったら、私はその人のご両親が賛成しているのならいいだそうと思います。


イメージ
http://www.picturesof.net/pages/101025-130408-545053.html

http://www.imagesofasia.com/html/japan/japanese-family.html


Thursday, March 8, 2012

日本人と自然

日本はとても細長い国なので、たくせん違う気候があって、色々な自然のこともあります。だから、日本にはどこに行っても、きれいな情景を見つけることが出来ます。日本に行った時に日本の季節や自然のことについてたくさん面白いことを学びましたので、今日のブログは日本の自然と私の経験についてです!

日本人にとって季節の移り変わりはとても大切なことですね。例えば、秋が来る時に、日本人の多くは紅葉を見ることに楽しみにしています。日本に行った時に、6月に私とCIEEの皆さんは一緒に宮島というところに旅行しました。6月は秋じゃないですが、ベンチーに座っていた時に、やさしいお爺さんが私に宮島のきれいな紅葉についてよく教えてくれました。そして、店の多くはおいしい紅葉饅頭という甘い食べ物をよく売っていて、皆はよく食べました。木には紅葉を全然見ませんでしたが、日本人の紅葉についての話を聞いた後で、本当に美しい情景が浮かびました。

私の意見なのですが、一般的に日本人は雪が大好きです。ハミルトンにで雪がよく降っていますからそんなに珍しくありませんが、東京には雪があまり降っていません。だから、雪が降っている時に東京人が雪の情景はすばらしいと思うかもしれません。日本に行った時に多く日本人の女性と会いましたが、約30%の女性の名前はゆきでした!私はちょっとびっくりしましたが、女性の友達の名前を覚えることはあまり難しくなかったんです!
私は雪と冬があまり好きじゃありませんので、日本語のクラスのためにこの俳句を詠みました:

冬の日や 寂しい人が 泣いている

あいにく、東京人はビーチ文化があまりないと思います。私と友達はビーチが大好きですが東京にはきれいなビーチがあまりないので、わざわざ白浜という所に行くつもりでした。白浜は関西の南にありますから、東京から白浜まではとても遠いです!電車で六時間ぐらいかかりました!でも、白浜のビーチは本当にきれいで、水の色は美しかったので、私達はそんなに長い間電車に乗ることをあまり気にしませんでした。

ビーチといい天気が本当に大好きなので、そのトピックについてこの俳句を詠みました:

太陽や 水で遊んで ビーチだね

雪や紅葉やビーチに加えて、日本には美しい山や森もあるそうですから、もしもう一度日本に行ったら、全部の自然のことを本当に見たいんです!




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Thursday, February 9, 2012

紫式部のインタビュー

紫式部という女は日本歴史の上でとても有名で、本当に大切な人です。たくさん詩の作品を書きましたが、「源氏物語」の作家として知られています。たいてい紫さんは他の人と自分の人生について話すのが好きじゃありませんが、今日はインタビューされることに合意しました。


私:紫さん、自分の人生についてちょっと教えて下さいませんか。例えば、出生地や仕事や結婚することです。

紫:はい、いいですよ。953年に京都の藤原一族のところで生まれました。子供の時から25歳ごろの時に内の父の家で住んでいて、宮中の侍婢になりました。大人の時に私のはとこと結婚しました。

私:すみません、「侍婢」というのは、何という意味ですか。

紫:英語で「レディ・イン・ウエーテイング」ですよ。私は毎日皇后の世話をして、皇后のために何でもしました。

私。そうですか。侍婢の仕事はどうでしたか。

紫:実は、私にはとても面白くなかったですよ。つまらない仕事でしたので、いつも中国語を勉強して、ロマンチックな物語をよく読みました。その時、女を中国語や書くことを勉強するのがちょっとダメでしたが、私の身分は高かったので、大丈夫でした。

私:そのことをよく知りませんでした。ところで、紫さんのご主人が好きでしたか。どんな人でしたか。

紫:結婚しました前に私の夫はたくさん妻や子供がいましたよ。結婚しました後でまだ他の女と関係があったと思います。とてもちゃらい人でしたので、ちょっと好きじゃありませんでした。娘がいましたが、2歳の時に夫は亡くなりました。

私:そうですか。本当にすみません。今時間がちょっとありませんので、紫さんの作品について相談したいと思います。

紫:いいですよ。

私:どうして「源氏物語」を書きたかったのですか。

紫:私の皇后と一緒に琵琶湖に定住しました後で、毎晩月の光で石山寺を見ていました。そのシーンは本当にきれいでしたので、ロマンチックな物語を書きたいようになりました。

私:いいですね。どうして紫さんの物語はとても人気になったと思いますか。

紫:私の作品は本当にロマンチックで、冒険がよくありますので、誰でも好きだと思います。たいてい人生はとてもつまらないから、人は面白い本をよく読みたいんです。もし頭の中に面白い世界を作れったら、嬉しくなるかもしれません。だから、私の物語は人気になったと思います。

私:私もそうと思います。では、インタビューをするために本当にありがとうございました。紫さんはとても上手な作家で、面白い人です。

紫:いえいえ。インタビューは楽しかったです。ありがとうございます。



images: http://en.wikipedia.org/wiki/Murasaki_Shikibu

Wednesday, July 6, 2011

Disaster Stories

An article I found (see link below) depicted the stories of two disaster survivors – one man, and an 85-year-old-geisha. Not only did Matsumoto Shigeki lose his home and his entire village, but the tsunami also swept his mother out to sea, and her body was never found. Each day following the disaster Matsumoto would search through the debris in hopes of finding even a piece of her clothing or a shoe, but it seems the powerful force of the tsunami swept all trace of his mother away in just a few moments.

Fujima Chikano, the last geisha in her home town, was forced to leave behind her priceless kimonos, obi, and shamisen, as well as her only apprentice who was also swept away by the tsunami. Fujima taught dancing and shamisen playing, but without her necessary supplies and venue, her talent could be lost to the region forever. In addition to this significant cultural loss, Fujima will suffer significant economic losses as well. Without any insurance, money, or valuables to her name, Fujima must start over again with nothing, and she is at a complete loss as to how to begin piecing her life back together.

Never in my life have I experienced such a devastating event, and honestly I can’t even begin to think how these people can learn to overcome this trauma and return to a normal life. If Matsumoto never finds a trace of his mother, how will he ever be able to live in peace? How can he stop thoughts of his lost mother from haunting him day after day? As for Fujima, with her remaining years dwindling, how will she find the time to completely rebuild her life, and how will she ever overcome her devastating losses? It is said that time heals all wounds, and so perhaps with time, support from close friends and family, and psychological and economic assistance these two survivors can return to a “normal” life, but I feel that their memories and grief will always remain with them no matter what they do. Young people are fortunate that they are so resilient, but while they can more easily move away, create a new life for themselves, and move on, older generations have fewer opportunities to escape their misery, and their lives may always be left in broken pieces. In my opinion, at least for these two people, they will never truly overcome the trauma of this disaster, and their lives will be tainted with a sadness that can only be removed through death or a truly miraculous circumstance.   


Tuesday, July 5, 2011

Swamped and Shaken in Japan

Having lived in Hawaii for many years, my mom still reads Hawaiian newspapers online such as the Star Advertiser, and so I decided to look there first for an article on the 3.11 disaster. Given that Hawaii is much closer to Japan than any of the other states in America, I assumed that their coverage of the disaster would be much more sensationalized and would heavily depict the worries of the people regarding the spread of nuclear radiation to the islands. As I searched through the articles related to Japan, however, I found that almost all of the articles were written in a matter-of-fact sort of way with little exaggeration, even on the days directly following the disaster. In one particular article that was written just one day after the event (see link below), the writer clearly expressed the severity of the situation while still giving accurate information, which contrasted many of the sensationalized articles I read from other American sources. Being a person with family members in Japan/a person who was planning to study abroad in Japan shortly after the disaster took place, I feel that I was extremely involved in reading articles online and watching the news, and it was extremely frustrating to be surrounded by so much contradicting and plain ridiculous information. While various American sources depicted Japan as a complete wasteland and spouted unrealistic worries about radiation terrorizing the states, this author of this article seemed calm, collected, and well-informed, which is very refreshing. Perhaps the close vicinity to Japan allowed this newspaper to gain more reliable information or maybe the Hawaiian mentality is just less dramatic, but either way I really wish there were more articles such as this one available to the people during this time of crisis. I understand that fear sells, but if the Star Advertiser can provide accurate articles without losing readers or going bankrupt, then I don’t see why the rest of the world can’t do the same.

“Swamped and Shaken in Japan”

Wednesday, June 22, 2011

Setsuden and "Living Eco"

I believe people have show more willingness to conserve energy rather than to “live eco” because turning off lights and electronics is simple as well as instantly-gratifying. No one wants to be seen as non-eco-friendly, and so by merely turning off the air conditioner, faucet, or desk lamp, people can avoid the guilt associated with being wasteful and feel that they are making a difference in the world, however minute. Also given the fact that “living eco” is a vague term and is typically portrayed to the extreme, people feel that they are incapable of adapting to this lifestyle, or become unmotivated to try and determine how to do so. When I hear the phrase “living eco”, I can’t help but automatically think of a hippie sort of person who lives off the land, wears clothes made out of hemp, and abstains from all use of electricity, but “living eco” most likely does not have to be defined in such an extreme way. If more people are to start “living eco”, they must first be provided with straight-forward concepts as to what “living eco” means and how one can lead an eco-friendly lifestyle (i.e. by saving electricity, etc.).  

In regards to Japan, I believe this shift has been influenced greatly by the recent disaster. By placing various ads, showing TV commercials, and shutting down certain electronics (hand-dryers, escalators, etc.), the higher-ups have played on Japan’s notion of group mentality by encouraging each individual to do their part and contribute to the greater good of the country as a whole. Even as a foreigner I oftentimes find myself feeling proud when I take the stairs when escalators are shut off, endure the train in the dark, and forego using hand-dryers since such acts backed by these ads make me feel as if I am making a difference alongside thousands of other Japanese people. Although the United States might be perceived as being more independent and stubborn compared to other countries, I have a strong belief that if a disaster such as 3.11 were to occur in the US, a similar shift would be observed. National and moral pride is something that most people enjoy experiencing, and so campaigns such as the setsuden campaign are very effective in changing the actions and mentality of the ads’ target audiences.

Although it’s fantastic that so many people have been encouraged by the setsuden ads and commercials, I worry that saving electricity may just be a sort of fad that will pass as time goes on. I was not in Japan before the earthquake and so I can only speculate, but I have a feeling that before the disaster the government and people of Japan were not quite as gung-ho about energy conservation. Perhaps the Japanese people feel guilty about the disaster and the people it has affected, but time has the power to mend all negative feelings, and so eventually more and more people will start to forget the impact of this point in history. As for climate change, I feel that until global warming starts to affect people in a tangible way (similar to how the 3.11 disaster directly affected the Japanese people), the global community as a whole will not feel particularly motivated to work toward saving energy and “living eco”. Once climate change begins to affect our daily lives I’m certain many eco-campaigns will be launched, but by then it will most likely be too late.

Articles on “the new setsuden culture”, etc.:

Here is the blog of a person who has collected many pictures of setsuden signs and acts of setsuden around Japan:

Monday, June 13, 2011

Effects of the Disaster on Nihonjinron


Although I am not a native Japanese and can only speculate on the Japanese national identity, personally I believe that this identity has not changed after the disaster, and in fact the general beliefs of the Japanese as I understand them may have actually become stronger. Most texts reffering to the nihonjinron focus on the the interdependent relationships between Japanese people and preferance for a group rather than individual mentality. If this is in fact true, then I feel that such a large disaster would cause people to rely on others more than ever and become motivated to work as a group to alleviate this horrific situation. Rather than lash out against the government and give individual opinions, I think it's quite possible that instead the Japanese people might keep their thoughts to themselves and eventually work toward finding a solution together in order to help prevent disasters of this magnitude in the future. In an article I found called "Japan nuclear plant workers' dedication to common good a national trait" (see link below), the author emphasizes how the workers' desire to help the nation as a whole before helping themsevles reflects the Japanese belief in putting the group first. Also rather than complain, loot, or flee the country, the people of the damaged community felt strongly about helping others and working toward rebuilding the area. In the article one woman states: "As much as I'd love to escape, the group is more important than your own concerns, which follows for most Japanese", which further reflects this ideal.

Clearly the Japanese have accepted and received aid from people in many different countries, and although they might be required to increase economic ties with foreign countries in the future, I do not believe that this will dampen Japan's nationalistic values. If anything this disaster could contribute to the country's perference of using group mentality to solve difficult situations and ensure peace across the nation - the fact that the nuclear aspect of this disaster was caused by a company whose primary concern was making money rather than preserving the safety of the population could further influence the Japanese to believe that chaos will ensue if each and every person doesn't work toward the greater good of the group. 

Although the article "Selves, Cultures, and Nations: The Psychological Imagination of 'the Japanese' in the Era of Globalization" states that this view may not accurately represent Japan's national identity, until the "average Japanese person" and their beliefs and practices can be identified, I along with many others will continue to consider the ideals I mentioned above as a representation of the general Japanese population. This being said, based on what I believe to be true about the Japanese people, the disaster has strengthened rather than altered their belief in selflessness and group mentality.

Article: